「無辜の民」シリーズ

このシリーズは、中東戦争等の中にあって悲惨な状態に追い込まれた無辜(罪のない)の民衆の姿をモティーフに1970年に制作した15点の連作です。

死体が流れた川の上に、何事もなかったように浮かぶ雲との対比で、彼岸と此岸の狭間にゆれる様子を表現した「メコン河」。傷つき苦しみながらも、なお生きようとする「デルタ」。戦禍で一瞬のうちに家族や家を失い、呆然とした人々は、悲惨な現実に、ある者は祈り、ある者は慟哭し、虚空を見つめ佇みます。「乾いた砂」「仏生」「油田地帯」などあらゆる戦争の悲劇を表現したのが「無辜の民」シリーズでした。

人々の苦しみが尽きることがないように、本郷は紛争の状態を契機に15点を一挙につくりました。

一様に布を身に巻き付けている「無辜の民」シリーズは、身をよじり、抑圧された人々の苦しみと悲しみを全身で表現しています。社会的メッセージ性が強く、戦後平和運動に積極的に参加した本郷ならではの作品といえるでしょう。 1970年7月に銀座の日動画廊で「無辜の民」シリーズによる個展を開催しています。本作の初めての発表の場であったこの個展以降、本郷は1971年にかけて数度にわたり「無辜の民」シリーズを展覧しています。

なお、連作の中の1点、《虜らわれた人Ⅰ》を拡大した作品が、石狩浜に開拓慰霊碑「石狩-無辜の民」として設置されています。