本郷新の木彫

本郷新は木の作品を10数点残しています。当館には、10点の彫刻と1点のレリーフが所蔵されています。レリーフは、1929年、本郷が24歳の時に、自身の顔を彫ったものです。そのほかの作品としては、《瀕死のキリスト》が1941~1948年、写実的な《牛の首》が1941年、《若い男の首》と《馬の首》が1955年、《摩周の舞》と《里女》が1958年、《哭》と《長恨碑》が1959年と続きます。そして、亡くなる前年に制作したのが《遥かなる母子像》(1979年)でした。

《若い男の首》は、実際の人間の顔よりかなり大きなサイズで作られています。大きく見開かれた眼は、じっとこちらを凝視しているようで迫力があります。作品の表面はノミの跡を残しながら、眼や鼻の形など簡潔な形に単純化しています。引き締まった唇は閉じられており無表情ですが、顔全体に朱色をつかって模様が描かれ、呪術的なアフリカの仮面を思わせます。《馬の首》にも、同じように深緑色で曲線を強調した模様が施されています。左右の眼には、それぞれわずかに白と赤の色が使われ、微妙に表情を変えています。

《里女》は、木目の美しさを生かした作品です。少女のほほや額にちょうど欅の年輪がくるようになっていて、愛らしく素朴な頭像です。

《摩周の舞》は、アイヌの踊りのようにからだを後にそらせた形をしています。裾にはアイヌ文様が朱色で描かれ、全体を焼いて部分的に炭化させています。

《長恨碑》は、全体を鉈で削ったようなシャープな線を強調した作品です。怒りにゆがんだ顔を天に向け一点を睨みつけています。

両手で顔を覆った手が印象的な《哭》は《長恨碑》と違って顔の表情は見えません。しかし、怒りと悲しみの感情は一層強調され、木彫の代表作といわれ高い評価を得ました。そして、1959年に毎日新聞社主催の日本国際美術展で優秀賞を受賞し、現在は箱根彫刻の森美術館に収蔵展示されています。当館の作品は、1978年頃に模刻したものです。模刻してまでそばに置いておきたいと思うほど、本郷にとって重要な作品だったと思われます。彫刻に対し常に貪欲な本郷は、ブロンズ彫刻に飽き足らず木の作品でも様々の試みを実践し造形世界を広げていきました。